日本シャンチーの歴史書「中国象棋の手ほどき」を紹介!

日本シャンチー界の歴史書

昨年10月に「中国象棋の手ほどき」という本が出版されました。

この本は近代将棋という将棋の月刊誌(現在は休刊)に掲載されていたシャンチーに関する連載をまとめたものになります。

連載時期は1973年(昭和48年)~1982年(昭和57年)までの10年間で、ちょうど現在の日本シャンチー協会の前身である「日中象棋協会」が設立されてからの10年間です。

そのため日本におけるシャンチー文化の成立から初期にかけての様子が克明に記されており、当時の様子がよく分かる歴史書のような本だと言えます。

私もこの本を読んで初めて知ったことがたくさんあり、非常に面白かったです。

初心者講座なども掲載されてはいますが、教材というよりは単純に読み物として当時に思いを馳せながら読むのが良いと思います。

シャンチーの歴史に興味のある方にはぜひオススメの一冊です。

当時と現在との違い

この本を読む中で気づいた当時と現在との違いをいくつか紹介したいと思います。

紅黒が逆

この本の中の棋譜はすべて黒が先手、紅が後手となっており、現在とは逆です。

中には原本の中国の棋譜が今と同じ紅が先手なのに、黒が先手に直して掲載しているものもありました。

わざわざ直していることを考えると間違えていたわけではないと思うので、どこかのタイミングで「紅が先手」という公式ルールが世界(多分中国)で決まったんでしょうね。このあたりの事情はよく分かりません。

ちなみにこれも理由はわかりませんが、今でもベトナムでは兵と卒が反対になっていた気がします(紅が卒で黒が兵)。

ジャンは言わないといけない

ジャンをかけたときには「ジャン」と言わないといけないというマナーがあったそうです。よく読むとこれは明文化されたルールではないとのことなので恐らく言い忘れても負けにはならなかったと思いますが、言うのが礼儀として推奨されています。

そのため第1回全日本選手権の模様を伝えた記事には

中国象棋は、王手のときは必ず「ジャン(将)」と声をかけるルールがある。そのため会場のあちこちでは「ジャン」「ジャン」という声がしきりにあがった。

との記述がありました。(ここではルールとされていますが、他の記述を見る限り厳密なルールではなさそう)

これもどこかの段階で正式に決まったのだと思いますが、もちろん現在は「ジャン」と言う必要はありません。むしろ言わないほうがいいです。

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棋譜の書き方

協会設立直後しばらくは現在と同じ棋譜の表記を採用していましたが、途中で日本オリジナルの将棋風棋譜に表記が変わりました。

例えば順手砲の出だし、「砲二平五、砲8平5、馬二進三、馬8進7」は「●5八砲右、〇5三砲右、●3八馬、〇3三馬」というような形になります。

また駒を取り返すときなどは将棋風に「同車」や「同士」などと書くようです。

現在の表記に慣れていると違和感満載ですが、何とか日本人に受け入れられるようにしようという昔のシャンチー関係者の努力が感じられますね。

運営規模や注目度

現在の日本シャンチー協会の前身である日中象棋協会は、将棋界のレジェンドである大山康晴十五世名人が設立したこともあり、注目度は非常に高かったようです。

そのため全日本選手権などの大会には、大手のテレビ局や新聞社などが取材に訪れていたと記載がありました。残念なことに今ではそうした状況はありません。

また現在は対局会や大会は基本的に東京のみで行われていますが、当時は他の都市でもいくつか支部があり対局会などが行われていたようです。

詳しいことはあまり分かりませんでしたが、協会の運営規模も今より大きかったようです。

最後に

この本を読んでいて一番感じたのが、当時の人のシャンチーをなんとか日本に広めようという熱の凄さでした。

残念ながら彼らが思い描いたような広まりは日本では見せませんでしたが、こうして約50年間決して消えることなく日本でシャンチー文化が続くその礎を作ったという意味では、非常に大きな功績だったのではないかと思います。

当研究所でもこうした先人たちの意思を引き継ぎ、少しでもシャンチーの魅力が伝えられるよう今後も発信していきます。

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